ニチアサ観察日記

主に戦隊とプリキュアについて書いていこうと思います。現在暫定運用です。

Wの回顧/二人で一人の仮面ライダー

皆様お久しぶりです。中2です。

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本日2021年4月3日、仮面ライダーシリーズが50周年を迎えました。その50周年企画の第一弾として、先ほど午前8時、「仮面ライダーW」の正統続編漫画作品「風都探偵」のアニメが制作されることが発表されました。というわけで、今回は仮面ライダーWの思い出と魅力をまとめていきましょう。

 

仮面ライダーWは2009年9月に放送開始された、平成仮面ライダーシリーズ第11作となる作品です。いたるところに風車が設置され、いつでも風と共にある都市・風都が舞台となっており、風都で私立探偵を営む左翔太郎とフィリップが数々の難事件を解決していくというお話です。敵は「ガイアメモリ」の力で市民が怪物に変化したドーパントと、ガイアメモリを社会の裏側に垂れ流す組織であるミュージアム。風都のあちこちにネットワークをもつ左翔太郎と地球の本棚にアクセスし森羅万象を検索する能力を持つ魔少年フィリップは、彼らもまたガイアメモリの力で仮面ライダーWに変身して、街の涙を拭うためにドーパントと戦うのです。

 

自分語りになりますが、仮面ライダーWは自分が仮面ライダーシリーズにハマるようになったきっかけの作品のひとつです(ちなみにもうひとつはクウガです)。ディケイド放送期間中の話です。そのころ僕は、弟と一緒にクウガレンタルビデオを借りて観てはいましたが、仮面ライダーをシリーズとしては見ていませんでした。そんななか、当時の友人が時折仮面ライダーの話をしていまして。興味がわいて9月6日(日)の朝8:00にテレビをつけて、この日に放送開始の仮面ライダーWを見てみたらすごく引き込まれて。それから毎週Wを見るようになって。Wとディケイドの映画が冬に公開されると聞いて、ディケイドの方も冬までに全話見てから映画館に行き。気づいたら仮面ライダーシリーズとしてハマっていたという思い出があります。コンテンツにハマったとき、そのコンテンツの中で始めて触れた作品を好きになりやすい、ということってあると思いますけど、僕の場合はそれがWなわけです。クウガもですけど。

 

そんな感じで平成仮面ライダーに興味を持って以来、平成作品は前作見たわけですけど、仮面ライダーWは平成仮面ライダーシリーズに新風をもたらした作品だという感じがします。それまでの平成ライダーって、「正義も悪もあったもんじゃない」という作風が多かったと思います。怪人サイドのほうが重いバックグラウンドを持っていることもあるし、仮面ライダー同士が殺し合いをするシーンもたびたびありました。それと比べてWって、主人公側が明確にヒーローしている印象があります。仮面ライダー同士の戦いも多くない。力に溺れ市民を理不尽に怪事件に巻き込むドーパントを明確に悪と設定し、それを止めて依頼人含めて街の人々を守るのが仮面ライダー、という構造になっています。この構図の中ですごく上手だなと感心するのが、舞台を“街”に設定したこと。上述のようにそれまでの平成ライダーには正義も悪もあったもんじゃないという作風のものが多かったので、土台からしてグローバルな正義を主張しづらいというのがあると思うんです。そこでローカルなヒーローを設定した。「世界の平和を守る」というのが手の届かないスケールの話だとしても、街を舞台にすることでローカルな範囲でなら正義を主張することができるという試みだと思うんです。そしてそれは、仮面ライダーフォーゼで、さらにローカルな「学園」というものにつながっていくんだと思っています。「正義も悪もあったもんじゃない」シリーズの中で、主人公たちのあり方を正義に収めるための舞台、それが“街”なんだと思っています。

もうひとつ、仮面ライダーWは「仮面ライダー」という言葉の使い方にもこだわりを感じます。平成ライダーの中には、「仮面ライダー」という言葉を一切出さなかった作品もありますし、「鬼」「マスクドライダー」、Wより後だと「指輪の魔法つかい」「アーマードライダー」のような代用品となる言葉を設定している作品もあります。「仮面ライダー」という言葉が変身システムを指している作品もあります。Wの場合、「仮面ライダー」という言葉は在り方なんだと思っています。街の涙を拭うために人知れず戦うバイクに乗った仮面の戦士、それがWの世界の仮面ライダーなんです。そしてそれは、街の人々が名づけてくれた称号。だから15話で仮面ライダーを名乗る怪人が出現したとき、翔太郎は怒りを見せます。20話では照井竜が、それを仮面ライダーの流儀として受け入れます。Vシネのエターナルでは、大道克己もまた、風の都の仮面ライダーだったのかもしれないという描き方がされているように感じました。48話では、翔太郎が「風都を泣かせる奴は体一つになってでも食らいついて倒す、その心そのものが仮面ライダーなんだ」と言っています。Wの世界で言う「仮面ライダー」って、生き様であって在り方だと思うんです。

 

仮面ライダーWは翔太郎とフィリップの二人が主人公なわけですけど、この二人がだいぶ違うキャラクターをしているのが面白いです。翔太郎のほうは普通の人間ですけど、風都をこよなく愛し、街を泣かせるものは許さない男です。そしてハードボイルド探偵を目指している割には人情家で、情にもろくハードボイルドになり切れない。一方のフィリップは地球の記憶にアクセスできる能力を持っている魔少年ですけど、人間の感情の機微に疎い部分があります。真逆な性格をしていますが、この二人が固い信頼関係で結ばれていて唯一無二の相棒であることも仮面ライダーWの魅力の一つだと思っています。翔太郎は情報網を生かして情報収集し、フィリップは地球の本棚で敵の能力を解析するといった役割分担も、二人あわせて一人の仮面ライダーに変身することも、この信頼関係が無ければありえません。ファングジョーカー登場回では、ファングメモリの力で暴走したフィリップの精神を救出することで暴走を食い止めます。サイクロンジョーカーエクストリーム登場回では、フィリップについていけなくなりつつある翔太郎が食らいついていくことを誓います。この二人が強く結ばれることによって、さらにWは強くなってきたのです。

そして中盤から登場する照井竜。彼は最初、Wのメモリの持ち主に家族を殺されたという復讐鬼として登場しました。風都のことも「腐った街だ」と評していました。しかしながら翔太郎・フィリップとともにドーパントと戦うにつれて、復讐とは別の戦う意味を見出していきます。36話では「俺を強くしたのは憎しみなんかじゃない」と言い切ってます。最終回では「この街は腐ってなどいない」と初登場時とは真逆の言葉を言っています。この照井竜の変化もまた、Wの魅力的な面だと思います。

 

ドーパントも面白いものが多いなぁと思っています。Wより前のライダー怪人は生き物をモチーフにしたものが多かったと思いますが、ドーパントは地球の記憶を取り込んだ怪物ということで、何でもアリ、という感じでした。アノマロカリスなどの古代生物、ナスカなどの文明、テラーなどの感情、ライアーなどの性格、パペティアなどの職業、挙句の果てにイエスタデイのような時間概念など、今までのライダー怪人にはないモチーフの怪人がたくさん出てきてたと思います。その能力も個性的で、モチーフを見てわかりやすい能力から「何に使えるのその能力!」と思ってしまうような使いどころが難しい能力まで、バラエティに富んだ能力のドーパントが居たと思います。

 

仮面ライダーWも気が付けば10年以上昔の作品になってしまいました。ですが今も続編漫画が連載され、今度はそれのアニメ制作が発表され、時の流れを感じさせません。こうしてWを振り返ってみると、やはりいい作品だったなと思います。

 

ついでに言っておくと、Vシネで「帰ってきた仮面ライダーW returns 仮面ライダージョーカー」が制作される日を今でもずっと待っている。