ニチアサ観察日記

主に戦隊とプリキュアについて書いていこうと思います。現在暫定運用です。

ダルイゼンVSキュアグレース~ヒープリ41話ラストについて~

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さて本日1/24(日)、「ヒーリングっど❤プリキュア」の第41話が放送されました。そのラスト、キングビョーゲンから追われる身となったダルイゼンは花寺のどかを見つけ「オレを助けてくれ」と申し出るシーンがありました。

今回はそのシーンについて思うところをまとめていきたいと思います。

例のラストパートでは、ダルイゼンがキュアグレースに申し出ます。「助けてくれ」「オレがオレでなくなる」と。でもその申し出はあまりにも自分本位で、自分の都合でしかないものでした。ダルイゼンは得をするが、他の誰も得をしない、あまりにも身勝手な提案。キュアグレースは捕まれた手を振り払い逃げ出します。逃げるキュアグレースに「お前、俺に言ったよな、『自分さえよければいいのかって』お前も同じじゃん!」という言葉を浴びせかけます。

そもそもダルイゼンって、常に余裕綽々な態度を崩さないキャラクターだったんです。自分の目的さえ達成できれば、他の事柄に対しては全くの無関心で、それゆえに余裕も崩れない。ダルイゼンの目的は、自分が快適に暮らせる世界にすること。それさえ叶えばだれが権力を握ろうが、弟分が消えようがどうなろうが、全くお構いなしでした。そんなダルイゼンが今回初めてその態度を崩し、焦りと恐怖を表現しました。その理由はキングビョーゲンがグアイワルを取り込み、自分も取り込もうとしたからです。「我と一つにならぬか」それはダルイゼンとしての自我を失うことを意味します。ある意味、死と言えます。それを嫌ってダルイゼンは逃げ出したのでした。つまり、ダルイゼンって死にたくないんですね。宿敵プリキュアに助けを乞うほどに、生きることにとらわれているんです。

一方花寺のどかはかつての病気の経験から、生きるということに喜びを見出す人間です。そして「今までいろんな人に助けてもらった分、今度は自分がたくさんの人を助けたい」と思っています。いままでもそうでした。困っている人が居たら絶対に放っておかない。だから普段は、目の前に死にそうな人が居たら絶対に放っておくことなんてしないし、すぐに助けるはずなんです。

しかし目の前にいるのは長い間自分を苦しめ続け、今は多くの人たちを苦しめる宿敵です。「貴方を助けるわけにはいかない」と言ってとどめを刺すも、放置して立ち去るもできただろうと思います。逆に普段の自分の通り申し出を受け入れて助けることもできたと思います。それをせずに逃げ出してしまったということは、目の前のダルイゼンをどう見ればよいかわからなくなったということなのではないでしょうか。多くの命を苦しめる脅威とみるか、消えそうな一つの生命とみるか、どちらなんだろう。きっとどちらも事実なんでしょう。でも今は混乱している中で助けないことを選んでしまった。ダルイゼンの手を振り払うんですね。そしてキュアグレースは「お前も同じじゃん」と言われた瞬間目を伏せます。かつて自分が批判した、「自分さえよければいい」と思っている人間の一人だと、認めたくないのに認めてしまったんだと思います。

それはプリキュアとしてなんのために戦っているのか、という話になります。ダルイゼンみたいな自分の都合で大勢を苦しめるような存在から、みんなを守るために戦っているのに、自分もダルイゼンと同じだとなってしまったらアイデンティティも揺らいでしまう。14歳の少女ならなおさらです。来週、「自分は貴方とは違う」と言えるだけの根拠を花寺のどかには見つけてほしいと思います。そしてダルイゼンに向かって答えをぶつけてほしい。ダルイゼンを救う道を選ぶのか、ダルイゼンには手を貸さないのか。それともいったんは助けるがそのあとに改めて決着をつけるのか。

ヒープリの結末としては、キュアグレースとダルイゼンにはいずれ一騎打ちで決着をつけてほしいかなと思います。キュアグレースには自分の病気を自分の力で克服したと胸張って言えるように、ダルイゼンには自分が生きていくために、互いの存在をかけて決着をつけてほしいと、個人的には思います。